今回は、「腹痛」「血便」で発症し、患者様に大きな不安を与える「虚血性腸炎」について解説します。
消化器内科を標榜していると、よく遭遇する疾患で、多くの患者様は以下のように訴えられます。
「昨日の夜に、冷や汗や吐き気を伴う強い腹痛がありました」
「なかなか排便がなく、しばらく苦しんでやっと出た感じです」
「何回か排便があった後から、血便がでるようになりました」
虚血性腸炎を考えるキーワードは、
「突然の発症」 「冷汗を伴うほどの強い腹痛」 「数回排便後の血便出現」 です。
これらが全て揃うと、ほぼ100%の確率で虚血性腸炎確定です。
腹痛が残る場合は、左側腹部に痛みを感じることが多いのも特徴の一つです。
発症のきっかけとして、「下剤を服用した」や「お腹を冷やした」「脂っこいものや刺激物を取りすぎた」などが聞かれますが、特にこれといった誘因がない時もあります。
病態)
下剤を飲んだなど、何らかの理由で体が便を排泄したいという事態が生じたとき、腸管の蠕動運動は亢進します。このとき、排便がスムースに進まず、腸が過剰に動きすぎ腸管内圧が上昇しすぎると、腸管粘膜の血流が低下してしまいます。(血流低下のことを「虚血」といいます。)
血流低下により酸素・栄養供給が不足した粘膜は障害を受け、こけて膝を擦りむいた時のように、ただれ・出血を起こします。
左側腹部(脾湾曲から下行結腸にかけて 図1)が好発部位です。
これは、結腸を栄養する血管の分布が原因しています。
図2のように、結腸は主に上腸間膜動脈と下腸間膜動脈によって栄養されていますが、脾湾曲付近はどちらの太い血管からも最も遠い場所となり、血流低下の影響を受けやすいのです。
症状)
先にも述べたように、突然起こる強い腹痛とそれに引き続く頻回排便(時に下痢)をきたし、徐々に血性下痢に変化していくことが特徴的です。最初から血便であることは稀です。
腹痛は強く、冷汗や吐き気・めまい感を伴うことがあります。
腹痛は一過性で排便とともに軽快することもありますが、痛みが残る場合はおなかの左側が痛むことが多いです。
血便の量や回数、痛みの持続期間は、症例により様々です。
粘膜障害の程度が軽ければ、出血量は少なく痛みも軽いため、自宅での安静療養で数日で治癒しますが、重ければいつまでも出血が続き、痛みも強く、入院や手術が必要になることもあります。
検査・診断)
発症様式が特徴的であるため、概ね問診のみで診断可能です。
血液検査では軽度の炎症反応上昇がみられる程度で、大きな異常はないことが一般的です。
腹部CT検査が有用で、痛みの部位に一致して腸管壁肥厚や周囲の脂肪織混濁がみられれば、虚血性腸炎と診断できます。
診断確定や血便をきたす他疾患を除外するためには下部消化管内視鏡検査が不可欠です。発症早期の検査では、障害部に縦走発赤やびらん、粘膜浮腫を確認できます(図3)。暗紫色の粘膜壊死や深い潰瘍が生じている場合は重症です。
当院では、初診時は診察・問診で診断・重症度判定を行い、重症と思われる症例は即日病院へ紹介しています。
軽症と判断し通院でフォローする場合は、腹部症状が落ち着いてから内視鏡検査を行います。(問診だけで診断は十分であり、急性期に検査をすると痛みが強く苦しいだけなので)
したがって、検査をする目的は治癒の確認と他疾患の鑑別となり、前述のような内視鏡所見を目にすることはあまりありません。
治療)
軽症の場合は、整腸剤と鎮痛剤を処方して、自宅安静で様子を見ていただきます。
出血・腹痛は概ね2-3日で軽快します。
受診・帰宅後に出血量が再増加したり、熱や腹痛が悪化するようなら、クリニックに電話してください。
摂取は水分程度として、腸管安静を図ってください。1-2日食事を摂らなくても問題ありません。清涼飲料水を水で薄めて飲んだり、スープがお勧めです。
空腹感が出てきたら、消化のよさそうなものを、お腹の調子を見ながら少量から摂取してください。
重症と診断された場合は、病院へ入院していただき、絶食・点滴治療となります。
その際でも、ほとんどの場合は1週間未満で退院が可能です。
虚血性腸炎は「事故にあってしまった」ような病気ですので、治ればそれで問題ありません。
ただ、便秘がひどい人や動脈硬化が強い人は繰り返してしまうこともあります。
便通を整え、お腹を冷やさないようにしたり腸に負担になる食事は控えるようにしましょう。