前回の過敏性腸症候群に引き続き、今回は逆流性食道炎について、かみ砕いてお話していきます。
まずは、混同されがちな「病名」について整理します。
胃酸が上がってきて胸やけを感じる患者様が来院されますと、私たち医者は「逆流性食道炎ですね」と告げます。
これは、この病名が広く知れ渡っていて理解してもらいやすいからです。
しかし厳密には、「逆流性食道炎」とは内視鏡検査にて食道にびらん(粘膜障害)が生じている状態のことを指しており、症状の有無については関係ありません。
正確には、症状の有無と内視鏡所見の有無によって下図1のように分類されます。
① 胃カメラで食道粘膜障害を認めるもの ・・・「逆流性食道炎」
② 逆流症状はあるが、胃カメラでは食道粘膜障害がみられないもの・・・「非びらん性胃食道逆流症(NERD)」
③ ①と②を総じて(胃カメラを行う前など)・・・「胃食道逆流症(GERD)」
なので、消化器内科専門医としては診察室では「あなたの症状から考える病気はGERDですね」と説明したいのですが、こんな英語を告げられてもどういった病気かわかりにくいですよね。
今後も「逆流性食道炎でしょう」としておきます^^;。
ただ、この解説では正式名称を利用していきます。
それでは本題に入っていきます。
胃食道逆流症 GERD (gastoroesophageal reflux disease)とは、胃酸や胃の内容物が食道に逆流することによって胸やけやのどの違和感が引き起こされる病気で、ここ20年で患者が急増しています。
特に発症しやすいのは高齢者ですが、肥満やストレス増加・食生活の乱れなど現代社会の問題を背景に若年者でも増加しています。
病態)
口から入った食べ物は、食道から胃へと流れ、胃は胃酸を出して食べ物を消化します。
胃酸は非常に強い酸ですが、胃の粘膜からはこれを中和する物質が分泌されており、胃壁が傷つかないようになっています。
しかし、食道にはこうした防御システムがないため、胃酸が逆流してくると、粘膜がただれたり、酸っぱいものが込み上げてくるなどの不快な症状がおこるのです。
健康な人でも食事の後などに胃酸が逆流する事はあります。しかし、それが頻繁に繰り返されたり、胃酸の量が増えたりすると、逆流した胃酸によって食道の粘膜が徐々に障害されていきます。
症状)
GERDの症状は人それぞれです。
胸やけや呑酸(酸っぱいものが上がってくる事)が代表的ですが、胸のつかえ感、のどの不快感、起床時の口の苦みなどもよく聞かれます。中には咳や心臓病の様な胸痛を訴えるケースもみられます。(下図2)
夕方から夜間にかけて症状が悪化する事が多く、中には胸痛で夜中に目が覚めるといった訴えも聞かれます。
原因)
様々ありますが、大きく以下の3つが考えられます。
1、下部食道括約筋のゆるみ
2、胃酸の増加
3、知覚過敏
1、下部食道括約筋のゆるみ
一番の原因は食道と胃の境目にある筋肉(下部食道括約筋)のゆるみです。
本来、食道と胃の間は上記筋肉によって、巾着袋の口を絞ったように閉じており、一旦胃に収まったものが食道に戻る事はありません。しかし、この筋肉が緩んだり、隙間ができると、胃酸や食べた物が逆流するようになります。
緩みが生じる原因としては加齢が主ですが、肥満や円背、妊娠、便秘、慢性の咳、ベルトの締めすぎなどにより腹圧が常時高い状態が続くとゆるみが増悪します。
また、高脂肪食摂取や喫煙、一部の血圧降下剤服用でも下部食道括約筋のゆるみが生じやすくなるため注意が必要です。
2、胃酸の増加
高脂肪食摂取は、それを消化するために胃酸の増加も招きます。夜遅くの食事や食べすぎもよくありません。
また、ストレスや疲労、喫煙・アルコール・カフェイン摂取などでも胃酸分泌の亢進が起こります。
3、知覚過敏
ストレスや寝不足などの疲労により、食道の知覚過敏が引き起こされると、わずかな胃酸逆流でも症状を感じやすくなってしまいます。
治療)
基本は胃酸を抑える制酸剤を処方します。
これまではプロトンポンプ阻害剤(PPI)という種類の薬が中心でしたが、これでは症状や炎症が治まらないという方がチラホラいらっしゃいました。
2015年にPPIの上位薬としてボノプラザン(PCAB)が発売、使用できるようになってから、GERD症状は一気にコントロールし易くなり、薬を飲み出したその晩から楽に眠れたという声も聞けるようになりました。
症状が落ち着けば、用量を減らしたりPPIへ変更したりして維持療法を行い、しばらく症状が無い状態が続けば、漫然と処方し続けるのではなく、積極的に中止も勧めています。
ただ、薬を完全に止めてしまうと再燃する方もいらっしゃるため、症状の有無に応じて自己で服薬をコントロールしてもらうオンデマンド療法など、柔軟な対応を行うようにしています。
また、私はボノプラザンに加え、食道壁の胃酸への暴露を少しでも減らす目的で粘膜保護剤もよく処方させてもらいます。その際は剤形を意識し、食道表面に薬がしっかり広がるように液薬や散薬を選んで処方しています。
ただ、これら薬を持ってしてもコントロールできない難治性GERDも残存しており、そのような場合は、胃蠕動改善剤(アコチアミド・モサプリドなど)を併用してみたり、メンタル的な要素が強い方には抗不安薬の処方や心療内科受診を勧めたりもしています。
薬物治療と同時に重要なのが、食生活の見直しです。
前述したように、GERDが生じるのには様々な生活上の問題が影響しています。
下図3を参考に、これらを少しでも改善してもらう事が薬の効果を高め、症状を感じなくなるために重要です。
・食べ過ぎない
・ 食べてすぐ横にならない
・ 体重をおとす
・ 便秘に注意
・ 酒・たばこを控える
・ 脂っこいもの・甘いもの・刺激物の摂取は控える
・ 食後に前かがみにならない
・ 就寝時は頭側挙上を
中でも僕のお勧めは、就寝時の頭側挙上です。
横になると胃と食道の高さが同じになるため、胃の内容物が食道に戻りやすくなります。蓋を開けたペットボトルを倒すのと同じ状況ですね。
胃酸などの液体は少しでも低いところへ移動するため、頭側(食道)を上げて寝るのです。
背中側の布団の下に毛布やタオルを入れ、頭側が5~10cm程度高くなるようにして寝てください。枕を高くして首が折れているだけではダメですよ。
開業して初めて、この疾患で悩んでおられる方が如何に多いかという事を実感させられました。当院に定期通院して頂いている方の1/3程度を占めています。
かくゆう私も、開業したての頃はストレスと夕食が遅くなった影響でか、胸やけで眠れず、夜中に目を覚まして水を飲み、しばらく座っているという時期がありました。
ボノプラザンの効果の凄さも身を持って体験済みです^^;
コロナ騒ぎが始まってから、さらに同患者様が増えているような気がします。
胸やけやのどの違和感でつらい思いをしている方は我慢をせず、ぜひ相談にいらしてください。