多田消化器内視鏡クリニック

2020.05.20

疾患紹介編:#5 過敏性腸症候群
GWも明け、やっとコロナ感染者数が減少に転じ、厳しい制限が解除され日常が戻りつつありますが、これまでに溜まったストレスのせいで体調を崩しクリニックを訪れる方の数は、残念ながら逆に増えています。
中でも多いのが、のどの違和感や胸やけを主訴とする胃食道逆流症(GERD)と、下痢や腹痛を主訴とする過敏性腸症候群(IBS)です。

これから2回は、この疾患について紹介していきたいと思います。
今回は、「過敏性腸症候群(IBS)」について詳しく書いていきます。


IBSとは
過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS )とは、大腸に腫瘍や感染・炎症が無いにもかかわらず、おなかの痛みや腹鳴・腹満などの不快感がみられ、それと関連して便秘や下痢などの排便異常が続く病気です。
世のおよそ10%もの人がこの病気であるといわれている、消化器内科専門医の私にとっては良く遭遇する病気です。命にかかわる病気ではありませんが、おなかの不調や不安のため、外出や遠出ができないなど日常生活に支障を来す事が少なくありません。


病態
腸(小腸や大腸)は便を排泄するために、食べ物を肛門方向に輸送する「蠕動運動」と伸縮変化を感じ取る「知覚機能」を持っています。運動や知覚は脳と腸の間の情報交換により制御されていますが、ストレスなどにより不安状態になると情報交換に乱れが生じ、腸の蠕動運動が激しくなり、また、痛みを感じやすい知覚過敏状態に陥ります。
コロナ感染症蔓延により外出制限を強いられた状態がまさにそれです。


診断・検査
診断は下に示しますローマ分類Ⅲにのっとり行います(図1)。
就学や仕事でストレスの多い若い世代に多い病気であるため、症状や経過からIBSが疑われる場合は、とくにあれこれ検査は行わず、生活習慣の改善を指導するとともに、さっそく薬物治療を開始します。

しかし、以下のような場合は血液検査やCT検査、大腸カメラなどを行い、がんや炎症性腸疾患の有無を評価する必要があります。
① 経過が長い、薬物に不応
② 血便や発熱、体重減少といった症状を伴う
③ 中高年で、検査受診歴が無い
④ 腸疾患の既往・家族歴がある


治療
治療としてはストレスを避け、規則正しい生活をするといった生活習慣の改善が基本ですが、そもそも、今の様な時期にストレスから逃れることなど出来ないのが実際です。
そこで、症状に応じて様々な薬物を試す事になります。
使用する薬物として、私がよく用いるものを紹介していきます。

<おなかの不快感に>
① 腸管機能調節剤:セレキノン®
 下痢でも便秘でも効果あり。おなかのグルグルした不快感や鈍痛を改善してくれます。
② 高分子重合体:コロネル®
 腸の中の余分な水分を吸収して便の水分バランスを調整し排便を整えてくれます。

<下痢気味になる方に>
③ セロトニン3受容体拮抗薬:イリボー®
 ①で効果が乏しい人には、これを試してもらいます。
 効果は抜群ですが、効き過ぎによる便秘に注意が必要です。
④ 止痢剤:ロペミン®、フェロベリン® 等
 どうしても下痢が止まらない人には補助的に使用します。

<便秘がちの方に>
⑤ セロトニン4受容体刺激薬:ガスモチン®
 胃の膨満感などの上腹部症状に出す事が多い薬剤ですが、腸の動きを改善し、
 便通を良くする効果も持っています。
⑥ 漢方薬:大建中湯®
 手術後の腸機能低下を呈する方に処方することが多いですが、IBSにも効果が
 期待されます。
⑦ 粘膜上皮機能変容薬:リンゼス®
 腸に水分を呼び込み便を軟らかく出しやすくしてくれる薬剤ですが、
 腸の知覚神経に働き腹痛などの不快感を軽減する効果も併せ持ちます。

<腹痛が強い方に>
⑦ 抗コリン薬:トランコロン®、チアトン®
 腸管運動の活発化を抑制します。副作用として排尿障害や眼圧上昇などがあるため、
 合併症の多い高齢者への使用は注意が必要です。
⑧ 漢方薬:桂枝加芍薬湯®
 腸の過剰な蠕動運動や緊張を抑え、症状を改善させます。

<うつ症状を伴う方に>
⑨ 三環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
 神経質な方や不安症の方ほど腹部症状が強く、腸のお薬が効きにくい傾向にあります。
 前述のとおり、脳と腸の間には密接な関係があり、両方に問題を抱えておられる方は、
 両方同時に治療を行うことが症状緩和のために重要です。
 腸の薬だけでは効果が不十分で、メンタルの要素が高そうな場合は心療内科受診もお勧めします。
 すでにかかりつけがございましたら、おっしゃっていただければ紹介状も用意いたします。
 
最後に
過敏性腸症候群は感覚的な問題が多く、患者様本人が思い描いている理想通りの状態まで落ち着かせるのが難しいことも多々あります。
ただ、命につながるような病気ではありませんので、じっくりとお話を聞かせてもらいながら、症状にあったお薬を順に試し、少しでも今より楽に過ごしてもらえることを目標に、うまく病気と付き合っていってもらえればと思います。
コロナ問題に関してであれば、外出自粛が解除されれば、気づけば症状が消えていたということもあるかもしれません。